動植物の漢字―漢和辞典は正しいか

動植物名に関する漢字は漢和辞典でどのように記述されているか。日本で発行されている四つの漢和辞典(注)を取り上げ、比較検討する。現代の生物学による同定と対照させ、漢字の正しい意味記述はどうあるべきかを考察する。 (注)新字源 改訂新版 初版 2017/10/30 角川書店    全訳漢辞海 第三版 2011/2/25 三省堂    新漢語林 初版第2刷 2005/4/1 大修館書店    漢字源 改訂第五版第6刷 2016/1/29 学研プラス

2018年02月

「鱅ヨウ

新字源(角川)「くろたなご。コイ科の淡水魚。〈国〉①ちちかぶり。②このしろ」
新漢語林(大修館)「このしろ。〈国〉ちちかぶり。いさざ」
漢辞海(三省堂)「①伝説上の怪魚。②コイ科の淡水魚。黒鰱。クロレンヒイ。〈日本語用法〉このしろ」
漢字源(学研)「①魚の名。コイ科の淡水魚。鰱(ハクレン・シタメ)と似るが、頭がより大きく、黒みを帯びる。黒鰱。別名、鱃・胖頭魚。②魚の名。ハマギギ科の海水魚。頭は扁平で、くちばしが長い。雄が卵を口中で孵化させるという。ハマギギ。海鱅。別名、海鮎」

[考察]
新字源は「くろたなご」(カネヒラの方言らしい)、新漢語林は「このしろ」、漢辞海は第一義を「怪魚の名」、第二義を「黒鰱、クロレンヒイ」、漢字源は第一義を「黒鰱」、第二義を「ハマギギ」とする。
『山海経』では「鱅鱅之魚」という語形で出ている。姿が犂牛(ヤク)に似、鳴き声が豚に似た魚だという。これは想像上の動物である。『説文解字』では「鱅は魚の名」とある。漢の司馬相如の賦に鱅が出ている。また『詩経』の動植物を研究した三国時代の陸璣は「鱮ショは魴に似て頭大なり(・・・)。其の頭尤も大にして肥えたる者、徐州の人之を鰱と謂ひ、或いは鱅という謂ふ」と述べている(『毛詩草木鳥獣虫魚疏』)。鱅と鰱は同類の魚である。二つの魚の違いについて明の李時珍は「鰱・鱅を以て一物と為すは誤れり。首の大小、色の黒白、大きさ侔ひとしからず」と述べている(『本草綱目』巻四十四)。
中国の本草学や動物学では鱅をHypophthalmichthys nobilisに同定している。これはコイ科ハクレン属の淡水魚、コクレンである。中国原産で、長江や珠江に生息する。ハクレンに似、目が下方についている。体の色はハクレンが銀白色であるのに対し、コクレンは暗黒色。頭は大きく、体長は1メートルに達する。
日本では『和名抄』が知知加布利(ちちかぶり)、『本草和名』が知知加加加布利(ちちかかかぶり)の訓をつけている。江戸時代以後「このしろ」の訓がつけられた。これらは当然国訓である。

[正しい語釈]
コイ科ハクレン属の淡水魚。長江や珠江に生息する。ハクレン(白鰱))に似るが、体が黒みを帯びる。頭は大きく、目が下方についている。体長は1メートルに達する。コクレン(黒鰱)。別名、鰫・ 鱃。Hypophthalmichthys nobilis/「このしろ」は国訓。
典拠:『詩経』斉風・敝笱「其の魚は魴と鱮ショ」(陸璣の詩疏に「鱮は魴に似て頭大なり(・・・)。其の頭尤も大にして肥えたる者、徐州の人之を鰱と謂ひ、或いは鱅という謂ふ」)、『史記』司馬相如伝「鰅・鱅・鰬・魠」(『文選』所収の上林賦に鱅を鰫に作り、郭璞の注に「鰫は鰱に似て黒し」)

「鰶セイ

新字源(角川)「魚の名。〈国〉このしろ」
新漢語林(大修館)「このしろ。海魚の一種。小さいものを江鰶魚こはだという」
漢辞海(三省堂)「ニシン科の海魚。このしろ」
漢字源(学研)「①このしろ。魚の名。ニシン科の海水魚。▽小さいものを‘こはだ’という。②魚の名。カタクチイワシ科の海水魚。エツ」

[考察]
新字源は「魚の名」だけ。新漢語林と漢辞海は「このしろ」、漢字源は第一義を「このしろ」、第二義をエツとしている。
鰶は古典に見えない奇字であるが、近世の文献にはいくらか出ている。字書類では鰶セイは鮆セイ・䱥セイ・と同じとしている。例えば『名義考』(明・周祈撰)では「漢殖貨伝に鮐タイ・鮆セイ千斤と。説文に、鮆は刀魚なり、飲まず食はずと。俗に鰶に作る」とある。また『正字通』(明・張自烈)では「鰶は鱭の譌」とある。要するに鰶・鮆・䱥(鯯)・鱭は同音同義の字である。以上については本ブログ「動物名の漢字(16)・鯯」で述べているので、以下は繰り返しになる。
鮆が古語で、この魚は俗に刀魚とも呼ばれ、魛という漢字も作られた。また古くは鮤レツ・鱴ベツという別名もあった。多くの異名をもつ魚である。中国の本草学や動物学では鱭をCoilia ectenesに同定している。これはカタクチイワシ科エツ属の海水魚、チョウセンエツである。刀魚、江鱭、鮤レツ、鱴ベツ刀、鮆セイという別名があるという(『中薬大辞典・下』)。
日本では『新撰字鏡』が鰶に己乃志呂(このしろ)の訓をつけている。鰶は恐らくコノシロを祭りと関連づけた和製漢字と考えられる。だから鰶は半国字の部類に入る。しかし現代中国でもコノシロに鰶を用いることがある。中国から見れば鰶は逆輸入漢字の類である。

[正しい語釈]
カタクチイワシ科エツ属の海水魚。体形は刀に似、全長20~30センチほど。渤海や黄海の沿岸に生息。産卵期に川を遡る。チョウセンエツ。刀魚。刀鰶。別名、鮆セイ・鱭セイ・魛トウ・鮤レツ・鱴ベツ。Coilia ectenes/「このしろ」は国訓。

「鰧トウ

新字源(角川)「魚の名。姿はけつぎょ(鱖魚)のようで、青黒いもようがあり尾は赤い。〈国〉おこぜ」
新漢語林(大修館)「おこぜ。海魚の一種。頭が大きく、形はみにくいが美味。虎魚」
漢辞海(三省堂)「魚名。頭部は大きく広いが、目は小さく、常に海底で生息する。〈日本的用法〉おこぜ」
漢字源(学研)「海水魚の名。ケツギョ科の一種。〈日〉おこぜ」

[考察]
新字源は「けつぎょに似た魚」、新漢語林は「おこぜ」、漢辞海は「頭部の大きい海魚」、漢字源は「ケツギョの一種」とする。また新漢語林のほかは「おこぜ」を国訓とする。
鰧は古典ではかなりレアな魚で、『山海経』や『文選』だけに出る。魚の特徴を『山海経』では「蒼文赤尾」、『広韻』などでは「蒼身赤尾」としている。『山海経』に注釈した郭郛はSiniperca scherzeriに同定している(『山海経注疏』2004年)。これはスズキ目Percichthyidae科ケツギョ属の淡水魚、コウライケツギョである。頭部に暗黒色の斑紋があり、ひれが淡褐色を帯びる特徴が「蒼文赤尾」と近いようである。中国では斑鱖と称する。
日本では『和名抄』が乎古之(をこし)の訓をつけてから鰧を「おこぜ」と読んでいる。しかしオコゼは海水魚であるから読み違いである。ただし鰧は現代中国でもオコゼの意味で使われている。鰧は装いを新たにした(新しい意味を付与された)「里帰り漢字」の一つである。

[正しい語釈]
スズキ目の淡水魚の名。ケツギョの一種。頭部に暗黒色の斑紋がある。長江、珠江、閩江などに生息する。コウライケツギョ。現在の中国名は斑鱖。Siniperca scherzeri/「おこぜ」は国訓。
典拠:『山海経』中山経「合水其の陰より出でて北に流れて洛に注ぐ。鰧魚多し。状は鱖ケイの如く、逵に居る。蒼文赤尾。食する者、癰ヨウせず、瘻ロウを為おさむべし」、郭璞・江賦「魚則(・・・)䱻・鰊・鰧・鮋」(『文選』巻十二)

「鰣

新字源(角川)「ニシン科の海水魚で、春の終わりごろ、産卵のために川をさかのぼる。味がよい。鰣魚。〈国〉はす。けた」
新漢語林(大修館)「ひら。ひらこ。ひらこのしろ。イワシ科の海魚。〈国〉はす。はそ」
漢辞海(三省堂)「ニシン科の海魚。晩春から初夏にかけて、産卵のために河川にさかのぼる。鰣魚。ひら。〈日本呉用法〉①はす。②えそ」
漢字源(学研)「ひら。魚の名。ニシン科の海水魚。曹白魚。五、六月頃産卵のため東海から河川をさかのぼる。〈日〉えそ」

[考察]
新字源は「ニシン科の鰣魚」、新漢語林は「ひらこのしろ」、漢辞海と漢字源は「ひら」とする。また四辞典とも「はす」または「えそ」を国訓とする。
鰣魚(時魚とも書く)は唐代の『食療本草』に初出。中国の本草学ではMacrura reevesiiに同定しているが、学名はTenualosa reevesiiに変更された。ニシン科鰣属(漢名)の海水魚である。和名はヒラコノシロ。『和名抄』では波曾(はそ)の訓がつけられたがハス(コイ科の淡水魚)とは違う。『和漢三才図会』ではヒラとされたが、ヒラ(ニシン科の海水魚)とも違う。小野蘭山『重訂本草綱目啓蒙』ではヒラコノシロという名を造語したが、一般的に通用する名ではないようである。最近ではジギョ(または中国語のシーユー)が唱えられている(日本のウィキペディア)。
鰣魚は中国の近海に生息するが、毎年4月から6月に産卵のために川をさかのぼる。長江・銭塘江・閩江・珠江などに産する。毎年決まった時期に出現するので時魚と称され、古来珍味の魚とされた。

[正しい語釈](案)
ニシン科の海水魚の名。中国の近海に生息する。毎年初夏の頃に産卵のため長江などにさかのぼる。ジギョ。ヒラコノシロ。時魚。Tenualosa reevesii/「ひら」「はす」は国訓。
典拠:『食療本草』(唐・孟詵)「時魚(鰣魚)、虚労を補ひ、稍疳痼を発す」、『六書故』(宋・戴侗)「魱。魚は鯿に似て大。江海中に生ず。四五月大いに上る。肥美にして骨多し。江南之を珍とす。其の出づるに時有るを以て、又之を時魚と謂ふ」

「鰥カン

新字源(角川)「淡水魚の名。ぼううお」
新漢語林(大修館)「大魚の一種」
漢辞海(三省堂)「魚名。単独でいることを好むという。《一説に、魚の卵》」
漢字源(学研)「魚の名。コイ科の淡水魚。ハクレン。ボウウオ。体はまるくて長い」

[考察]
新字源は「ぼううお」、新漢語林は「大魚の一種」、漢辞海は「単独でいることを好む魚の名」、漢字源は「ハクレン・ボウウオ」とする。
鰥は普通名詞としては鰥寡孤独の鰥、すなわち男の独り者の意味であるが、実は魚の名が先にあった。『詩経』に出ている。 毛伝に「鰥は大魚なり」とあるが、どんな魚かは分からない。『孔叢子』には「衛人、河に釣り鰥魚を得たり。其の大なること車に盈つ」とある。車いっぱいになるほどの大魚だという。降って『本草綱目』では鱤魚の別名として鰥魚が挙がっていて、「其の性独行を好む。故に鰥と曰ふ。詩に云ふ、“其の魚は魴鰥”とは、是れなり」と説明している。
カンについては中国の本草学や動物学ではElopichthys bambusaに同定している。 これはコイ科鱤属(漢名)の淡水魚で、一属一種である。日本のウィキペディアではガンユイの名で出ている。鱤魚の中国語読みであろう。ボウウオという和名もある。鱤はその形態から竿魚、杆条魚の地方名があり、恐らく旧満州の生物学者がボウウオと名づけたのであろう。

[正しい語釈]
コイ科の淡水魚の名。体は細長く円筒形。口は大きく、吻が尖る。長さ2メートル、重さ40キロに達する。性質は凶猛で他の魚を襲って食う。 ボウウオ。ガンユイ。別名、鱤・䱤魚・黄頰魚。Elopichthys bambusa
典拠:『詩経』斉風・敝笱「敝笱ヘイコウ梁に在り、其の魚は魴ホウ・鰥カン」 、『本草綱目』「鱤魚。䱤魚・鰥魚・黄頰魚。時珍曰く、鱤は江湖中に生ず。体は鯼に似て腹平ら、頭は鯇に似て口大、頰は鮎に似て色黄、鱗は鱒に似て稍細し。大なる者三四十斤。魚を啖ひて最も毒す。池中此れ有れば、魚を畜やしなふ能はず」

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