動植物の漢字―漢和辞典は正しいか

動植物名に関する漢字は漢和辞典でどのように記述されているか。日本で発行されている四つの漢和辞典(注)を取り上げ、比較検討する。現代の生物学による同定と対照させ、漢字の正しい意味記述はどうあるべきかを考察する。 (注)新字源 改訂新版 初版 2017/10/30 角川書店    全訳漢辞海 第三版 2011/2/25 三省堂    新漢語林 初版第2刷 2005/4/1 大修館書店    漢字源 改訂第五版第6刷 2016/1/29 学研プラス

2018年01月

「芒ボウ

新字源(角川)「のぎ。〈国〉すすき。秋の七草の一つ」
新漢語林(大修館)「①のぎ。⑪すすき。草の名」
漢辞海(三省堂)「植物の名。カヤの一種。葉は細長くとがっており、その茎や葉を使って草履を作る。〈日本語用法〉すすき」
漢字源(学研)「草の名。イネ科ススキ属の多年草。ススキ。カヤ。穂は白く、先端にのぎを生じる。▽日本では秋の七草の一つ」

[考察]
新字源と漢辞海は「すすき」を国訓とする。漢辞海ではカヤの一種というが正体不明。ススキ属のどれかを指すのであろうか。
芒は『管子』などに出ている。『爾雅』の「莣は杜榮」に対する郭璞の注に「今の芒草なり。茅に似る。皮は以て縄索・履屩と為すべし」とある。茅(チガヤ)に似た草だという。中国の本草学は芒をMiscanthus sinensisに同定している。イネ科ススキ属の多年草、ススキである。葉は線形。白い花穂の先端に「のぎ」がある。芒に「のぎ」の意味があるのは、この草の形態に由来する。

[正しい語釈]
草の名。イネ科ススキ属の多年草。葉は線形。花穂は白く、先端にのぎを生じる。茎から縄や草履などを作る。ススキ。Miscanthus sinensis
典拠: 『管子』地員「山藜・葦・芒、群薬安いずくにか集まり、以て民の殃わざはひを圉ふせがん」

「艾ガイ

新字源(角川)「よもぎ。もちぐさ。キク科の多年生草本。葉をかわかして、もぐさにする」
新漢語林(大修館)「よもぎ。もちぐさ」
漢辞海(三省堂)「キク科の多年草。葉を乾燥してもみほぐし、灸のもぐさを作る。よもぎ」
漢字源(学研)「よもぎ。草の名。キク科ヨモギ属の多年草。若葉をかりとって草もちの材料とし、葉の裏の毛は、もぐさの原料となる」

四辞典とも「よもぎ」で一致しているが、よもぎの種類についての言及がない。
艾は『詩経』に出ている。これを中国の本草学ではArtemisia argyiに同定している。キク科ヨモギ属の多年草、チョウセンヨモギである。葉の裏は糸状の白い毛で覆われる。葉を揉んで軟らかくし、灸のもぐさの原料とする。だから灸草・医草などの異名がある。
字源について『本草綱目』でjは「艾は疾を乂おさむべし。久しくして弥いよいよ善し(時間を長くするほど効果がある)。故に字は乂ガイに従ふ」という。乂は二本の線を交差させた形で、「余分なものをカットする」というイメージがある。余計なもの、邪魔なもの、乱れたものを刈り取って除く→治めるという意味が実現される。「乂(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」を合わせたのが艾で、病根を除いて病気を治める草という意匠にした図形である。艾は治病の草として命名され、造形された。

[正しい語釈]
草の名。キク科ヨモギ属の多年草。葉の裏の綿毛から灸のもぐさの原料をとる。チョウセンヨモギ。Artemisia argyi
典拠:『詩経』国風・采葛「彼かしこに艾を采らん」 

「欅キョ

新字源(角川)「①木の名。ぶな。ブナ科の落葉大高木。材質はかたく、色白で、建築用・器具材として重用される。②けやき。ニレ科の落葉大高木。材質はかたく美しく、建築用・器具材に用いる。③欅柳は、かわやなぎ」
新漢語林(大修館)「①けやき。ニレ科の落葉高木。材質が堅く美しく、建築・器具製作の用材となる。②かわやなぎ。こぶやなぎ。杞柳」
漢辞海(三省堂)「①ニレ科の落葉高木。木材は堅固で耐水性に富み、造船材や建材にする。けやき。②クルミ科の落葉高木。樹皮から繊維を採り縄を作る。サワグルミ(欅柳)」
漢字源(学研)「①けやき。木の名。ニレ科ケヤキ属の落葉高木。材は黄色味をおびていてかたく、みがけば光沢を生じるので、建築用の装飾材・器具材として用いる。②木の名。クルミ科サワグルミ属の落葉高木。材はかたく、建築用材となる。サワグルミ」

[考察]
新字源以外は第一義を「けやき」 とする。新字源のみ「ぶな」とする。第二義を漢辞海と漢字源はサワグルミとする。「かわやなぎ」の語釈があるのは新字源と新漢語林であるが、これは欅柳と杞柳を混乱していると考えられる。
欅は『名医別録』などに出ているが、中国の本草学ではZelkova schneiderianaに同定している。これはニレ科ケヤキ属の落葉高木、オオバケヤキである。葉は楕円形で毛がある。ケヤキには毛がない。
一方、柜という木があり、後に欅と書かれるようになった。これが柜柳、欅柳である。これはPterocarya stenopteraに同定されている。クルミ科サワグルミ属の落葉高木シナサワグルミである。この木の葉は中国の法医学で傷の判定に利用された。

[正しい語釈]
①木の名。ニレ科ケヤキ属の落葉高木。特にオオバケヤキを指す。葉は楕円形で毛がある。果実は上部がひしゃげている。材質が堅く建築・家具などに用いられる。Zelkova schneideriana
②柜と同じ。クルミ科サワグルミ属の落葉高木。長い果穂が垂れ下がる。果実には翼がある。葉は有毒で、中国古代の法医学で傷の判定法に用いられた。シナサワグルミ。柜柳。欅柳。Pterocarya stenoptera
典拠:①『名医別録』「欅樹皮、大寒」 ②『疑獄集』巻八「蓋し南方に欅柳有り。葉を以て肌に塗れば、則ち青赤、殴傷の者の如し」

「櫨

新字源(角川)「木の名。こうろ。ウルシ科の落葉小高木。五、六月ごろ黄緑色の小花を開き、果実から臘をとる。秋には紅葉する。黄櫨。〈国〉はぜ。はぜのき。はじ」
新漢語林(大修館)「②柑橘類の一種。③はぜ。はじ。ウルシ科の落葉高木。五、六月ごろ黄緑色の小花を開き、花後、やや平たい実を結び、実から臘をとる」
漢辞海(三省堂)「①果実名。ミカンの一種。②樹木名。はぜ。ハゼノキ(黄櫨)。ウルシ科の落葉低木。木材は器具に用いられ、黄色の染料も作られる」
漢字源(学研)「②木の名。ウルシ科ハグマノキ属の落葉低木。樹皮は染料となる。ハグマノキ。黄櫨。▽日本では自生しない。〈日本〉はぜ」

[考察]
新字源と漢字源は「はぜ」を国訓とする。新漢語林と漢辞海はミカンの一種とし、次に「はぜ」の意味として国訓とはしない。「はぜ」は国訓とするのが正解であろう。
櫨は漢代に初出。唐代の『本草拾遺』には黄櫨の名で記され、黄色の染料を採ると述べている。中国の本草学では櫨をCotinus coggygriaの同定している。これはウルシ科ハグマノキ属の落葉低木あるいは小高木のハグマノキである。芯材が黄色で、黄色の染料を採るのに用いる。
「盧」には「丸い」というコアイメージがあり、葉が卵形である特徴による命名と考えられる。 
日本で「はぜ」に誤解されたのは芯材が黄色という共通の特徴に惑わされたものであろう。 

[正しい語釈]
木の名。ウルシ科ハグマノキ属の落葉低木あるいは小高木。芯材は黄色で、黄色の染料をとる。ハグマノキ。黄櫨。Cotinus coggygria 〈国訓〉はぜ。はぜのき。
典拠:司馬相如・上林賦「華楓・枰・櫨」(文選・巻八)

「檀ダン

新字源(角川)「木の名。落葉高木。車を造るのに用いる。〈国〉まゆみ」
新漢語林(大修館)「まゆみ。ニシキギ科の落葉亜高木。初夏に淡緑色の多くの小花をつけ、果実は熟するとさけて赤い肉をあらわす。材質が強く、中国では車、日本では弓を作るのに用いる」
漢辞海(三省堂)「マメ科の落葉高木。黄檀(=ビャクダンの一種)。材質が堅強で、車輪や弓、槌や杵の材となる。〈日本語用法〉まゆみ」
漢字源(学研)「①木の名。ニレ科の落葉高木。中国北部の特産。材質がかたく、古代では車輪に用いられた。青檀。②木の名。ビャクダン科ビャクダン属の常緑高木。材、ことに根によい香りがあり香料として用いられる。仏壇・細工物などの材料となる。▽そのほか紫檀・黒檀などがあるがそれぞれ別の種類。〈国〉まゆみ」

[考察]
新漢語林のみ「まゆみ」を本義とし、他は国訓としている。漢辞海ではマメ科の木、黄檀(ビャクダンの一種)、漢字源ではニレ科の木、青檀を本義とする。どれが正しいか。
檀は『詩経』に初出。檀を伐り出して車輪を造ることが歌われている。中国の植物学では檀をPteroceltis tatarinowiiに同定している。ニレ科セイタン属の落葉高木で、現在の漢名は青檀。中国特産の木で、和名はない。材質が堅く車軸や車輪の材となった。樹皮は宣紙(書画紙の一)の原料となる。
なお中国医学では檀にDalbergia hupeana、マメ科ツルサイカチ属の落葉高木、黄檀を当てている。根を薬用とする。漢辞海はこれを本義とするが、ビャクダンと混乱しているふしがある。漢字源の①が本義である。

[正しい語釈]
木の名。ニレ科セイタン属の落葉高木。中国特産。材質が堅く、古代では車軸や車輪の材に用いられた。樹皮は宣紙(書画紙の一)の原料となる。青檀。 Pteroceltis tatarinowii 〈国訓〉まゆみ。
典拠:『詩経』国風・伐檀「坎坎カンカンとして檀を伐り、之を河の干つつみに寘く」 

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